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フェンス越しに、
眼が合った。
5秒にも満たないその瞬間が、私にとってどれほど価値のあることか。
貴方は、知るよしもないでしょう。
カチャリ、と。
音を立てた鎖に引かれるまま、貴方に背を向けた。
引かれる体は冷たく、痛む。
けれど、せめてもの矜持で、自分の足で地を踏んでいた偶然に、感謝さえした。
最早、貴方と隔たれた今。
私とは違う色の瞳が何を映すのか、知る術はないけれど。
最期は、自らの足で立つ姿を、貴方の記憶に残したかった。
貴方と歩んでいた頃と同じように、進んできた私の姿を。
たとえ、無様に生き急いでいただけだったとしても。
貴方は、決してこちら側には来ないように。
銃声が、反響した。
足元の水溜まりが、跳ねた。
暗い雨雲を映す水面に、貴方を思った。
手向けの花など、いらない。
閉じた瞼に映ったのは、貴方の濡れた肩先と。
足元に散らばっていた、煙草の吸い殻。
貴方が私を待っていて下さったという事実だけで。
私はもう、十分です。
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