染み込んだ、じんわりゆっくりと

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全ての感情が置き去りにされ、今ここに自分が本当に居るのかも疑わしく感じる。現実ではない、そればかり考えて、けれども妻はいないと理解している脳の一部が家のことをしなければと指令を飛ばし、淡々と、操られた人形の様に動くうちに日々は流れもうすぐ1週間。 温めたご飯を茶碗に移し、レトルトの味噌汁をお椀に絞りお湯をかける。買ってきた惣菜を並べ娘と2人机に向かう。 「いただきます。」 「……いただきます。」 2人とも手を合わせ呟いた後食事が始まる。 箸と食器の当たるカチカチなる音、食器を置く鈍い音だけが響く食卓。もう一つ用意されたご飯にはラップがかけられレトルトの味噌汁は袋のままお椀の横に置かれている。 息子のあらたは高校一年で、飲食店でアルバイトをしており大体帰宅するのは11時すぎ、なのであらただけ食事時間がずれる。家に帰ってもほとんど喋らず、結局人の動く音だけしか響かない、冷たく寂しい室内。 ……俺が知ってる限りこの家が冷たいと感じたことは一度もなかった。以前はそこまで意識していなかったがここ数日で強く実感した。この家の温かさは妻が広げてくれていたのだと。
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