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小説家さんとカラオケ
勢いよく蛇口から流れ出す水を両手に溜め、お辞儀をするように腰を折ってその水を顔にばしゃりとかける。
少しは顔色、よくなったかな。
ポケットからハンカチを取り出し、顔を拭きながら鏡に視線を向ける。
菜奈村さんに促されるままカラオケに入ってしまったけれど、迫田くんとはたぶん、関係ないよなぁ。
一緒に来てくれるだけでありがたい?まぁ、楽しいイベントと言われようがひとりよりは心強いのだから、彼の居場所を聞き出すくらい自分でやろうと思っていたのになぜか菜奈村さんが自分がやると言って聞かないから何でだろうと思ったら。
まさか、聞き出した迫田くんの情報をひとつも教えてくれないとはなぁ。
それも不安だけど、謝ってもらうという目標を達成するのは難しそうだなぁ。
行くことを決めてから今までずっと脳内でシュミレーションしてきた。だけれど、問いつめたところでこっちにも悪いとこがあったと言われるか、今更そんなことを言われても困ると言われる気がしてならない。
だからと言ってあっさり、あの時はごめん。なんて謝られても嫌なのだけれど。
そもそも相手が私のことを覚えていない可能性のほうが高いしなぁ。
ふぅと息を吐いて気持ちを切り替えようとするが鏡の中の自分は未だに顔色が悪い。気持ちも、重いままだ。
私がこんな状態なのに菜奈村さんは心配するどころかこっちを見て笑い転げるんだもんなぁ。
これは顔を何度洗ったからって何とかなるような問題じゃないだろう。気持ちを切り替えるのは諦めてお手洗いを出て菜奈村さんが熱唱しているだろう部屋へ戻る。
「入ります」
部屋のドアを開ける際に一応声をかけるが歌っている最中だった菜奈村さんはその声に気付かなかったようで彼の向かいのソファーに向かおうとしたところで彼は私が入ってきたことに気付く。
「あぁ、そっちじゃなくてこっちに座ってくれ」
そう言って彼が示したのは自分の隣。別に抵抗するほどのことでは無いのだけれどこういう場合は向かいに座るものでは無いのだろうか。
「分かりました」
彼がどうしてそんな指示をしたのか疑問に思いつつも言われた通り隣に座ると菜奈村さんは視線をカラオケの画面のほうに戻し、また歌いはじめる。
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