まばたきよりも短くても

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ベルの足がなくなって、数日後の夜、ご主人様の父が、ベルのもとを訪れた。その日のベルは、お嬢様の部屋ではなく、使用人の私室にいた。お嬢様がベルを気にして、眠れなくなってしまうから、別の部屋に移されたのだ。お嬢様は激しく拒んだけれど、ご主人様の父に、「君がそこにいてはベルが休めないよ」と説得されて、お嬢様は渋々、ベルを使用人に託した。  ベルはご主人様の父を見上げながら、ごめんなさい、と思った。お嬢様を守るためのベルなのに、守るどころか、泣かせてしまって、ごめんなさい。  ご主人様の父は、そんなベルの気持ちがちょっとわかったのだろうか。彼は苦い顔をして、ベルの頭を優しく撫でる。そうして、ベルをそっと抱きかかえて屋敷を出た。  彼がベルを運び込んだのは、街の中にある、介助犬を育てる施設だ。そこの偉い人といくつかの言葉を交わして、最後にぽつり、こう言った。 「今までありがとう。ミアがお前の死に目を見たら、きっとあの子は一生気に病む。……永遠に癒せぬ傷を負ってしまう。……ここで残りの人生を全うしなさい」  ベルの短い毛をそっと撫で、そうして、ご主人様の父は行ってしまった。置いていかないで、お嬢様のもとに連れて帰ってと訴えても彼の足は止まらず、追いかけようとしても、ベルは自分の体を動かせなかった。  もう、お嬢様には会えないのだろうか。どうして? ……考えるまでもなかった。後ろ足がないベルは、介助犬ではいられない。……ベルのことが、いらなくなってしまったのだ。 「ベル」  ベル一人しかいない部屋の中、一切の予兆もなく、一人の女性が現れた。真っ黒な長い髪にとんがり帽子を被った彼女は、踵の高い靴を鳴らしながらこちらに寄ってきて、ベルの鼻先に膝をつく。 「私は魔女。私は、君のその体を治してあげられる力を持っている。……ねえ、ベル。君の命を私に預けて。そうしたら、君はご主人様のもとに帰してあげられるよ」  その人は、ベルをお嬢様のもとへ帰してくれると、そう言った。それに飛びつかない理由などなかった。  身動きが取れず、人の言葉も持たないベルは、了承の意を唱えることはできなかった。だが、心は伝わったらしい。魔女の目が細まると、彼女は短く「ありがとう」と呟いた。
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