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良江から聞いた。この「ノワール」という店名の由来。
「お義父さん言ってた。一人ぼっちになった自分の拠り所はもう店名だけだって。「夜」は静かに全てを受け入れてくれる。そんな場所にしたいから「ノワール」。お義母さんが決めた名前なんですって」
なんだ、自分の人生が夜に入るところだから、なんて嘘っぱちじゃないか。
照れ隠しだったのか、息子に格好つけたかったのか、今となっては分からないが、悪くない名前じゃないか、と思う。
カラン、とドアベルが鳴る。
入ってきたのは常連の、いつもスマホをいじってばかりの若い男だ。きょろきょろと店内を見回して席に着く。
「いらっしゃいませ」
グラスに水を入れて運ぶ。
「コーヒー」
ぶっきらぼうに言って水を飲んだ男が、びっくりした顔になる。
「かしこまりました」
ピッチャーの水に浮かんだレモンの黄色が、とても鮮やかだ。
【 完 】
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