あなたを受け入れる夜になる

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 良江の目の前にコーヒーを置くと、彼女はゆっくりと目を開けて、じっとそれを見つめていた。わずかに立ち上る湯気を、香りを、一つ残らず吸い込むように大きく息を吸った。  そして一口啜ると、何とも形容しがたい表情を浮かべた。  不味いとか美味いでもなく、泣くのを堪えているような。小さい頃の直也が、仕事に行く私を見送るとき、こんな表情をしていたような気がする。  ゆっくりと時間を掛けて半分ほど飲むと、良江はカップを置いた。ソーサーに当たり、カチャンと硬質な音がする。 「ごちそうさま」  良江は鞄からクリアファイルを取り出すと、私に差し出した。ファイルのつやつやした表面が店内の照明を反射していてよく見えない。  手にとって中身を取り出すと、それは離婚届だった。良江の方はすでに記入が終わっていた。  顔を上げると、良江は左手の薬指から指輪を外したところで、それをそっとソーサーの上に置いた。 「このコーヒー代は、あなたが払ってくれます? 慰謝料代わり、なんてね」  そのまま立ち上がって出て行く良江の後ろ姿に、私はほとんど機械的に「ありがとうございました」と声を掛けていた。  沙苗はてきぱきとカップとグラスを片付けた。離婚届と結婚指輪を私に渡すとき、彼女の丸くて大きな目がじっと私を見た。  小さく頷いて受け取る。     
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