リセット

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 かたんと音がして、それから手元(てもと)に冷たいものが(したた)った。それは()ぐに手元を()ぎて机から(こぼ)れ落ち、床でぴちゃんと音が()った。  ああ、まただ。  そこまでグラスの中身が(こぼ)れてから(ようや)く僕は(われ)に返った。  (あわ)てて椅子(いす)を引いて立ち上がり布巾(ふきん)雑巾(ぞうきん)を取りに向かおうとしたら、(すで)に同居人が布巾(ふきん)雑巾(ぞうきん)片手に()けつけるところだった。 「ごめん」  そう言って彼女が持っていたものを受け取ろうとしたが、彼女はすたすたとそのまま机まで向かい自ら僕が(こぼ)したグラスの水をふき取りに掛かった。  僕は呆然(あぜん)とそれを見つめていた。 「大丈夫? 」  机の上をさっと()いた彼女は(うずくま)って床を(ぬぐ)っている。丸まった背中だけが僕には見えていて、彼女が今どんな顔をしているのか知らない。彼女の声色(こわいろ)がなんだかいつもと違っている気がして、さっぱり想像すら付かない。  僕は言葉に()まった。  今、彼女が欲しい言葉がわからない。 「どうかしているよね、ホント」  言葉に()まっていた()りに、それは随分(ずいぶん)すんなりと出て来た。  本当に僕は最近どうかしている。気が付くとぼうっとしていて、何かを落としたりどこかにぶつかったり――それでいて、まるで他人事のように気付くのが(おそ)い。  たぶん、僕は不安なんだ。     
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