一輪の花

1/4
1310人が本棚に入れています
本棚に追加
/163ページ

一輪の花

妖艶なまでに美しい笑顔は、あの青年に間違いはなかった。 あれは現実だったのか。 けれどあれは夢に違いないのだ。 あんな影のような漆黒の闇に襲われて、それを切れる人間等はいない。 「菊、どうしたのです?」 「……部屋から出るのが怖いだけで」 「おばさま、菊はどうしたのかしら」 「きっと桜さんが東京に帰ってしまうのが悲しいのね」 自分は輝吉が怖いんです、とは言えなかった。 実際に怖いのではなかった。 『輝吉を見ると心臓が高鳴り身体が蒸気する』とは恥ずかしくて言えなかったのだ。 まるで恋をしているような感覚だった。 だから菊はある意味は怖かったのかもしれない。 「桜、菊はとても恥ずかしがりなのかい?」 「お兄様」 「俺の姿を見たら隠れるなんて、とても可愛いね」 輝吉は小声で菊と二人きりにしてもらえるように頼むことにした。 「実は俺が留学する前に、内緒で菊にあったことがあるんです。その時……とても菊が可愛くて、俺は唇を奪ってしまったんです」 「え?!」 「……お兄様、一体何をしてるんですか」 「その時のことを謝りたくて。二人きりにしてもらえますか」 こうして輝吉は菊と二人きりになった。
/163ページ

最初のコメントを投稿しよう!