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一輪の花
妖艶なまでに美しい笑顔は、あの青年に間違いはなかった。
あれは現実だったのか。
けれどあれは夢に違いないのだ。
あんな影のような漆黒の闇に襲われて、それを切れる人間等はいない。
「菊、どうしたのです?」
「……部屋から出るのが怖いだけで」
「おばさま、菊はどうしたのかしら」
「きっと桜さんが東京に帰ってしまうのが悲しいのね」
自分は輝吉が怖いんです、とは言えなかった。
実際に怖いのではなかった。
『輝吉を見ると心臓が高鳴り身体が蒸気する』とは恥ずかしくて言えなかったのだ。
まるで恋をしているような感覚だった。
だから菊はある意味は怖かったのかもしれない。
「桜、菊はとても恥ずかしがりなのかい?」
「お兄様」
「俺の姿を見たら隠れるなんて、とても可愛いね」
輝吉は小声で菊と二人きりにしてもらえるように頼むことにした。
「実は俺が留学する前に、内緒で菊にあったことがあるんです。その時……とても菊が可愛くて、俺は唇を奪ってしまったんです」
「え?!」
「……お兄様、一体何をしてるんですか」
「その時のことを謝りたくて。二人きりにしてもらえますか」
こうして輝吉は菊と二人きりになった。
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