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彼女――化け物の仔としてお尋ね者のライムは、目立ち過ぎる青い目と長い青の髪を、いつも鼠色の外套で隠している。しかし先程の落雷の時に頭巾がずれて、素顔を見られてしまったとわかった。泉に入ろうとした乙女に、水から離れて、と声をかけた娘に。
「私達のこと、つけ回してたの、あんたでしょ」
「……」
娘は近くの樹上にいる。おそらくライムを宿から追ってきたものと見えた。隣であわ、とライムを見上げる自称弟子の武丸に、倒れた乙女を宿に運ぶように目配せする。
暗いのでよく見えないものの、武丸は風の大陸では珍しい無袖の合わせ着を身にしている。乙女を抱えて武丸の姿が森に消えると、ふう、と観念したように、樹を見るライムの前に、追跡者の娘が降り立っていた。
一見は、人間の遊牧民のような服装の娘。ここのところ、ライムの近くに現れ始めた強い気配だった。人間ではない化け物達には、互いの存在を気配で感じられる知覚が当たり前にある。
ライムは外套の下、簡素な鎧で腕を組んで黙っている。娘の方が諦めて口を開いた。
「……どうして、あの子を助けたの?」
元々あまり喋るのが好きでないライムは、腐れ縁の妖精に何かと「ブアイソ!」とからかわれてきたほどだ。
なので遠慮なく、愛想ない質問で返す。
「……助けた、って?」
「雷を落としたのは貴女でしょ。昼間の時には興味なさそうだったのに、意外」
娘の言う通り、確かに日中、ライムはその乙女を祀り上げる生け贄の儀式を見ていた。けれどそれは、追跡者の娘も口にした通り、関わるまい、と思っていたライムだ。
「知らないし。単に、むかつくと、雷が落ちるだけで」
「……はい?」
決してライムは、自らあの乙女を助けようと、泉にいかづちを放ったわけではない。ただ、明らかにおかしな魔物の気配がする泉に近付く乙女に、人間はバカ、と思っただけだ。
宿に行く道で儀式を見かけ、その時からイライラとはしていた。自分が動く気はなかったのだが、夜の散歩に出たらまさか、生け贄の泉につくとは思わなかった。
追跡者の娘は、まるで夜盗を見る顔付きの青い稀な眼。まだライムと同じくらい若く、ライム以上に生け贄という儀式に苛立っていたらしい。
しかし娘は、一旦ライムに背中を向けた。「?」と思っていたら、泉の後ろにある祠の戸を閉じた。その直後、祠と泉が凍りついた。固くなった泉だけでなく、祠も白っぽく見えるくらいに無機質になっていった。
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