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「『こいつ』扱いが嫌なら名乗って。別に偽名でいいし」
「……イール。別に名前、隠す必要ないし」
存外に素直に娘は名乗った。ふーん、と思いつつ、ライムが今度は人間の乙女の方を向くと、自身の肩を抱きながら乙女が必死に声を出した。
「わ、ワタシはマリエラですっ……あの、ワタシ、どうしたら解放してもらえるんですか!?」
「――は?」
「ひっ、許して下さいっ! お金ならあります、どうか命だけは……!」
乙女、マリエラはどうやら、謎の化け物達に連行されている気分だったらしい。生け贄にされ、山中に放置されるのはさすがに見過ごせず、苦労して一緒に連れてきたというのに。
「――オカネ? おねえちゃん、これ、くれるの?」
きらっ、と佐助が目を輝かせた。疲れて何も言う気が無いライムは、そのまま佐助に任せることにする。
「は、はいっ、両親がこっそり逃げろって持たせてくれたんです……! 全部は許して下さい、でも命は助けて下さい……!」
「オカネくれるなら、一緒に街に行こうよ。それまでオカネ、にいちゃん達の分もおねえちゃんが払ってくれるよね?」
何故かそうして、ライム達がマリエラを最寄りの街に送り届けることになってしまった。事の次第を見ていたイールが、ぶすっとした顔で食ってかかった。
「……どうして? もう悪夜は封印したんだから、村に帰せばいいじゃない」
岩場に差し込む朝日の陰で、端整な眼が歪んでいる。せっかく自分が災いを排除したのに、と言いたいことがライムにはわかった。
「あそこで生け贄を求めた何かは、もういないってこと?」
「アタシが封印したんだもの。少なくとも千年は動けないはず」
ほえ!? と武丸が緑の眼を見開く。何の話かわかっていないが、「千年」の重みは、ライムも共に衝撃を受けた。
けれど同時に、がっくりとした。先の言葉を、イールは本気で言っているのだ。
「……あんたが嘘をついてるとは思わないけど。その何かがいないからって、マリエラが村に帰って、歓迎されると思う?」
それならマリエラも、街に行くなんて言わないだろう。両親も白装束の内に大金を縫込みはしない。
「生け贄がなくても村は大丈夫、って、誰が証明すんの。これから先に何かが起こったら、確実に私やマリエラのせいにされる」
宿の主人は、ライムがお尋ね者だと気が付いていた。そのライムが姿を消して、生け贄も健在だとわかれば、いらぬ禍根を生やすのは目に見えていた。
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