いつものお客様

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いつものお客様

 カランカラン。  年季の入った真鍮(しんちゅう)ベルの乾いた音がします。少し開いた入り口の隙間(すきま)から、夜の冷たい空気がふわっと流れてきました。二、三秒間を置いてローズウッドで出来たドアがゆっくり開きました。この開け方は、あのお客様です。私はいつものようにティーカップの準備を始めました。 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」  最後の一言を付け加えるのが、私なりのおまじないです。その方は私と向き合う形でカウンターの丸椅子に腰かけました。そこが彼のお気に入りの席です。  ここはレトロな喫茶店。名前はピコラといいます。イチョウの街路樹(がいろじゅ)が立ち並ぶ大通りから一本狭い横道(よこみち)に入った先に、このお店はあります。看板を出してはいるのですが、少し奥まった場所にあるので、入り口が少し分かりずらいです。初めてご来店される方は最初、おとぎの国に迷い込んだような表情で店内を見回されます。世間ではピコラのような喫茶店を『(かく)()的なお店』と呼ぶそうです。     
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