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この男性の方は毎週金曜に来て下さいます。お店は夜九時に閉店するのですが、その五分前くらいにいらっしゃいます。背の高い方でいつもスーツ姿をしています。年齢は見たところ二十五歳くらい、私より三歳年上といったところでしょうか。いつもコートを脱がずにお店のオリジナルブレンドを一杯飲んでお帰りになられます。この時間帯はお客様が居ない事がほとんどなので、自然とこの方とお話をする仲になりました。今日も店内は私と彼の二人きりです。
「お待たせしました。ピコラブレンドになります」
私はカウンターを出て彼の横にカップを置きました。そしてお店のドアノブにCLOSEDと書かれた札をかけに行きました。
店名の『ピコラ』はイタリア語で『小さい』を意味しています。文字通りここはとても小さな喫茶店です。お店に入ると右側にカウンター席が五つ並び、奥には四人掛けのソファ席が二つあります。席はそれだけです。天井も少し低めで、針金で吊るされたランタン型のランプが店内を控え目に照らしています。テーブルもソファもアンティークで、どれも落ち着いた黒に似た濃い茶色をしています。年月によって磨かれた艶を持つ品々が、お客様を柔らかくお出迎えしてくれるお店です。オーナーさんはとてもオシャレな方です。
「いっつも閉店間際にごめんね…飲み終わったらすぐ帰るから」
「いえ、大丈夫です。むしろ来て下さって嬉しいです。それで……もしよかったら…お名前…教えてもらってもいいですか?私、倉橋かんなって言います」
「俺は仲河拓真です」
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