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「あとで借用書に署名しろ。いいか。おまえは今日からここで暮らす。いままでどんな生活をしてたか知らねぇが、まぁその痩せっぽちの体を見りゃあ碌な暮らしをしてなかったことは知れるな。ここでの生活は、おまえ次第で、いままでよりずっといいものになるだろう。だが、もちろんタダじゃねぇ。言ってみりゃここは旅館だ。旅館は一泊するのにも、食事を頼むにも金が要るだろう? それと同じさ。おまえは、現段階でおまえが背負った借金にプラスして、日々おまえが暮らすのにかかった費用を払わなけりゃならねぇ。わかるな?」
言い慣れた口上なのだろうか。
滔々とした男の説明は、少年の耳にすんなりと入ってきた。
少年は諦観混じりに頷いた。ここでごねても、どうなるものでもないとわかっていたからだ。
「ここを出たけりゃあ、一日も早く自分で稼げるようになることだ。その方法は、翁が教える。般若のお墨付きなら、そこそこ売れっ妓になれんだろ。俺からは以上だ」
言葉の最後で、男がひらりと手を振った。
翁がそれを合図に立ち上がり、背後から少年の腕を掴む。
「行きましょう」
ぐい、と腕を引かれて、少年は細い足をふらつかせながら体の向きを変えた。
どこも同じだ、と思う。
暮らす場所が変わるというだけで、大人に振り回され、少年はそれに諾々と従うしか道がない。
誰も彼もが、少年から搾取する。
金も、プライドも、……体も。
「あんたは……」
首だけを、楼主へと振り向けて。
少年はなけなしの意地をかき集めて、笑った。
「あんたは、あの金貸しに騙されたんだよ」
「こら、来なさい」
翁面が少年の腕を強く引いてくるのに、両足を踏ん張って抗い、少年は楼主へと嘲笑を浮べたままで、言い放った。
「僕はもう、未通じゃない」
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