あの時のあの場所の

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「あなたは見ていない」 「でも・・」 「あなたは見ていない。何も」 「私は見たのよ。はっきりと、この体で」  あの血溜まりの凄惨という人間の本質を。  私はもう歩けない。  人間は筋肉ばかりで歩くわけではない。骨格ばかりで歩くわけではない。人は歩く一歩一歩にさえ、希望がなければならない。踏みしめるその一歩には、生きている「意味」がなければならない。その一歩には、価値が、意義が、明日が、なければならない。  襤褸の屍。君が代だけが虚しく漂う。  ただそれは終わった夢ではない。 「それは誰も侵すことの出来ない普遍的絶対の歴史」  それは確かにあったのだ。あざとい言葉にいくら靄をかけられても、それはその向こうに確かに「あった」のだ。  そして、それは今も「ある」。  切り刻まれた魂の鬱積。やさしかった魂の慟哭。  私は修羅道を行く鬼。血の涙を流す夜叉。  戦争は終わってなどいない。あの戦争は決して終わってなどいない。  グゥゴー、グゥゴー・・・  戦争は今も私の耳元で鳴っている。  グゥゴー、グゥゴー・・・  豆腐を憎しみで握りしめたような、あの感触の無い、届かない悔しい思い。 「お前、もう、気が狂ってしまうぞ」  もう、狂ってしまいたい。     
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