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「うん。そうだよ。決めてる。」
翔也も、私を真っ直ぐ見て言った。
「翔也は、どうするつもり? 」
「俺はね。起きたくはないかな。」
どすん、と。
鉛の玉を、胸に落されたようだ。
だって、そんなの。
目の前で、「これから死にます」と、宣言されてるようなものじゃないか。
息苦しい。
でも、心のどこかで、そうじゃないかと、思っていた。
これも、経験値故だろうか。
「なんで、って、きいてもいい? 」
声は震えてないだろうか。
いつもどおりの顔をできてるだろうか。
「んー..。海佳はさ、その人がその人である定義って、なんだと思う? 」
普段は馬鹿なくせに。
たまに。
永遠に答えの出ない問のようなものを、自分の答えを持っていることが正解であるかのような問を。
日常生活から見つけては、引っ張ってもってくる。
私はいつも、それに上手く答えられない。
「‥わかんない。」
「俺はさ。その人だけがもってる思い出? っていうか? あと、その思い出と一緒に形成された人との関わり。それが、人をその人に形成するものだと思うんだよね。」
「うん。‥‥どういうこと? 」
「例えばさ。海佳の彼氏がいてさ。いないだろうけど。例えばね? 」
「わかったから。いちいち癪に触るね。」
「顔は全く一緒だけど、性格は違う。そんな奴が現れたら、海佳は好きになる? 」
「‥ならない。」
「だろ。俺もならない。そういうことだよ。」
「‥つまり? 」
「いくら俺が戻ったところで、俺の記憶は消えるらしい。空っぽの身体には、新しい記憶がどんどん蓄積される。それはいずれ、俺じゃない誰かを作り出す。」
淡々と。飄々と。
翔也自身のことなのに。
「俺にとっては意味ないだろ。お前は、どうせ記憶のない俺にも変わらずに接してくれるつもりだろうけど。それは結局、顔が同じ別人じゃね? 」
寂しそうに。でもスッキリとした表情。
あぁ。
前の彼女と別れた後も、そんな顔してたよ。
「‥でもさ。わかんないよ。わかんないよね? 」
「なにが? 」
「記憶が絶対戻らない、なんてわかんないよ。戻った人だっている。テレビで昔見たじゃん。奇跡的に記憶が戻った、みたいな。」
「その人は、記憶を戻すことに奇跡を使えたんだよ。俺は、死ぬ前の執行猶予で、お前に会いに来たことに奇跡を使った。もう残ってない。そんな1人の人がぽんぽん奇跡起こしたら、世の中やってらんないって。」
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