孤独

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 優しかった母親の姿など微塵も感じられない悶え苦しむ生き物を、父親が駆け寄って必死に助けようとした。僕はそれを、只見つめた。大丈夫、父がいる、父はいつだって優しく厳しく、何でも出来てしまう凄い人なのだ。自分に言い聞かせるように。  身勝手な恐怖で震える唇から父親に励ましの言葉を送れば、今度は父親の艷やかだった黒髪がぼろぼろと崩れた。母親を支える逞しい腕、僕と遊ぶ為に駆けずり回った脚、頭。崩壊は柔和な笑みを浮かべる顔すら塗り潰し、阿鼻叫喚の中で得体の知れない液体に成り果てた。  吐瀉物のような残骸と見た事もない女の人形を眺めながら、ようやく僕は気付いた。  僕の言葉が、父と母を奪ったんだと。  人に与えられた美しい言葉を使い切った僕に、神様が罰を与えたのだと。  それからの毎日は、使い古されたフィルム越しの荒れた風景。早回しのコマ送り。ノイズが走る映像を何度も繰り返し、覚えるのも嫌になった。  あの光景を目の当たりにした何人かは、あることない事出鱈目に吹聴して回った。僕は親戚をたらい回しされた。本当のたらいより、より一層滑稽に回れたのではないかと思えるくらいだったかも。     
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