孤独

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 僕は、美しい言葉を口にしなくなった。最初は絞り出すのもやっとだった汚らわしい言葉も、日ごと重ねていけば、いつの間にやら呼吸をする如く滝の流れで溢れゆく。不気味に思われるよりはましだと、嘘を吐き続けた。気づけば、僕の周りには誰も無くなっていた。たらい回しされるのも当然の事、計画通りだった。  誰もいなければ、僕は、嘘を吐く事も、傷付ける事も、大切な人を失う事も無い。  だと言うのに、僕が最後の最後、最も遠い親戚とも呼べない知人の知人程度の、耳は遠く、近眼と遠視が相成ったしわがれた老父の下に預けられた時。  丁度、月も星も覆われた曇天の夜。気慣れぬ寝巻で体を包み、寝付けなさを木枯らしのせいにして、庭を散策した。  そして、息を呑んだ。  擦り切れた映画の中で、そこだけが現実的に、残酷に、美麗に、克明に、一人の少女を輝かせていたから。  まるで蝋人形。彼女が不意に振り向いた瞬間は、心臓が口から飛び出すかと感じた。  月明かりも無い暗がりで、白い一枚の布を巻いただけの服であるのに、翻る裾は羽の様に踊り、ワンピースが喜んでいるように見えた。赤く引いた唇が艶やかに動く。 「初めまして。引っ越して来たの?」  こんな時間にここにいる理由、どこの誰なのか、疑問符は多く浮かび上がった。それくらいであれば、尋ねることくらいできるのだから、勝手に口が動いた。 「泥棒かなにか?」     
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