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「まず、私が普段何をしているか、話してあげる」
「……はい」
「何も、してないの」
「え?」
「何もしてない。ただ目が覚めた時間に起きて、ビールとちょっとのご飯とたくさんの無駄な時間で私はその日をやり過ごしてる」
「生活は……どうやって」
「お金はある。……私のものとは言えないけど。ううん、この家も、そのテーブルも、あのカーテンも、私のものなんて一つもない。でも私はここで毎日過ごしてる」
「どういう……事ですか?」
「そのままの意味。私はあの人……眞琴さんの遺してくれたもので生きてるの」
「眞琴さんって……」
「私の……死んだ旦那」
はっ、と息を呑む音が聞こえた。
目を白黒させ、口をパクパクさせる憐れな麻雛は何も言えない。
「だからここは、あなたが勝手に侵していい場所じゃないの」
戸惑う麻雛は、それでも間を繋ぐため、言葉を探す。
「……どうして亡くなったんですか?」
「事故。ありきたり過ぎて笑えるでしょ?」
「…………」
「結婚してまだ2年も経ってないってのにさ。こんな立派な家と暮らしていくのに困らないお金とあの人の匂いがするたくさんのものを遺して、眞琴さんは死んだ。他人が羨ましがる、たくさんの無意味を遺して」
部屋の隅でカーテンが少しだけ、はためいた。
私は立ち上がって、窓をきちんと閉めた。
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