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勝利の運命
タツキの目覚めは、グローブ越しに親友の顎を砕く感触から始まる。
幾度となく打ってきた、右からのフック。
相手のガードをすり抜けるように放たれる一撃は、タツキのことを幾度となく救ってきた必殺の一撃だ。
だが、今はこの一撃が恨めしい。
よりにもよって、何故、この瞬間なのか。
後10秒。いや、5秒でいい。
ループする時間が、どちらかに前後していれば、こんなに何度も親友を殴る感触を味わう必要はなかったのに。
午後5時。ボクシングジムのリングの上。親友との最後の勝負。
親友の顎を打ち砕いた瞬間に、世界はループした。
タツキが拳を止められるタイミングでなければ、相手がよけたり受けたりできるタイミングでもない。
まさに、必殺の瞬間ともいえる瞬間に、ループは始まったのだ。
それからは、直前に何をしていても、それこそ、寝ていても、殴られている最中でも、午後5時にループすれば、タツキは親友の顎を砕いている。
打ちぬいた拳。
崩れ落ちる親友。
勝利のその瞬間には、悲しさと空虚さしかない。
そのことは、ループの前でも後でも、変わらない。
勿論、今日この瞬間も、タツキは悲しさと空虚さをもって、倒れ伏して動かない親友を見下ろしている。
サイレンがなっている。
午後5時を告げるサイレン。
ループの開始を告げるサイレン。
倒れ伏した親友と、二人きりのリングの上で、そのサイレンを聞いている。
タツキは、サイレンが鳴りやむのを待って、リングから降りる。
グローブをリングに投げ捨てる。
いつも通りに、リングに残した。
親友へのメッセージだ。
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