0人が本棚に入れています
本棚に追加
「兆候ね。あったぜ」
トラジはあっさりと言った。
「数回に一回だけだけどな。倒されても、かすかに意識がある。
そういうことが、あった。
ループを重ねるごとに、そういったことが、増えていった。
それが、今回の大・逆・転!につながったんだよ」
トラジは続ける。
「途中、お前にこのことが、ばれないようにするのに、苦労したんだぜ。
殴り返せるほど、衝撃になれてない頃は、わざと倒れたりもしたんだ」
トラジがコーナーポストから離れて、ゆっくりと、タツキに近づいてくる。
「今日。お前を倒す時のためにな」
そして、グローブをはめたまま手を、タツキに差し伸べた。
「つまんねえ話はもういいだろ。いい加減あきらめろ。
俺が勝ったんだから、約束は守ってもらうぜ」
自信満々な態度でありながら、トラジはどこか落ち着かない様子だった。
土壇場で、タツキが約束を反故にする可能性を恐れているのかもしれない。
そもそも、最初の約束のチャンピオンなんて、今のループしている世界では全く無意味な称号だ。
なによりも、チャンピオンに挑むためのタイトルマッチ自体が、開催されない。
引退だって、同じ一日を何度も繰り返す世界で、何の意味があるのか。
足踏みだけを強制されるこの世界で、引かず退かないところで、一日たてば、元の木阿弥だ。
タツキが約束を律義に守る必要はない。
だけどそれは、約束を破る必要もないことを示していた。
タツキは、トラジの手をとった。
二人の間で久しぶりに、拳以外のものが交わされた時だった。
最初のコメントを投稿しよう!