白い塀

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白い塀

 今日は残業になるかもしれない。憂鬱な気持ちでドアを開けたのに、顔を上げた先に彼を見つけて、私の心は踊った。 「おはようございます」  声をかけると、水瀬さんは掃除の手を止めてにこやかに挨拶を返す。 「おはようございます」  朝にふさわしい、爽やかな声が心地よく耳に流れ込む。はにかんだような笑顔は朝日に照らされて、彼の家の白い塀をバックに、深い青色のダウンジャケットが映える。彼はいつもカジュアルながら上品なファッションに身を包んでいた。高身長もあって、まるで雑誌のモデルみたいだ。  対する私は、紺色のスーツに、遊び心ゼロの黒のトレンチコートで、いかにもさえないОLという感じだ。実際、仕事の成績は良くない。でも最近は、少しだけ風向きが良くなってきたように思う。彼のおかげだ。  女子高生の頃のように足取り軽く、彼のもとへ向かった。 「今朝も早いですね」 「水瀬さんこそ。毎朝お疲れ様です」 「ありがとうございます。でも、日守さんはこれから仕事でしょう?」 「はい。一時間ドライブした後で、ですけど」  冗談っぽく口にしたのに、「それが毎日って、すごいなあ」と感心されて、照れてしまう。 「お気をつけて、いってらっしゃい」 「ありがとうございます。いってきます」  小さく手を振る彼に、私も手を振り返す。いってらっしゃい。その一言は、朝の占いコーナーよりも私のお守りになった。
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