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俺はリング中央に三歩で辿り着くと、ファイティングポーズをとった。相手は無防備に右拳を真っ直ぐ突き出している。選手同士の、試合開始後の挨拶みたいなものだ。
……まあ、俺は闘志が削がれるから自分からはやらないけどな。だが、相手がそれを望んでいるなら応じるしかない。
俺も同じように右腕を伸ばし、相手の拳に己の右拳をこつんとくっ付けた。
それが終わると、相手は両腕を上げ、闘う姿勢を見せた。改めて、俺もガードを上げて構える。
お互い右利きの、オーソドックススタイルだ。左手左足をやや前方に押し出す構えだ。
俺はおっさんの指示通り、相手を中心として時計回りに回りながら左ジャブで顔を狙い撃つ。
敵も同じような戦法らしく、軽い左ジャブで牽制してくる。
チャンピオンの方が背が高く、リーチ差もあるから左の差し合いではやや不利だ。
俺はガードを固めて相手の懐に潜り込み、右脇腹へパンチを見舞う。
一瞬、嫌そうな顔を見せながら相手は後退した。
……よし、リーチで負けてるならいかにインファイトに持ち込めるかが勝負のカギだ。
その後も俺は、敵のジャブを掻い潜り、急所であるレバーを執拗に攻め続けた。
そして、第一ラウンド終了のゴングが鳴った。
「よーし! おっさん、俺良い感じじゃね?」
俺は青コーナーに戻り、セコンドが用意してくれた椅子にどかりと座りながら、意気揚々と言い放った。小野木さんは俺の口からマウスピースを取り出すと、ペットボトルに入った水を振りかけて洗った。
「良いわけあるかい! あんな安直に懐に潜ってたら、いつかカウンターの餌食になるで!」
淡々と次のラウンドの準備をする小野木さんとは対照的に、おっさんは鬼の形相だ。
「わーてるって。肩とか腕でフェイント織り交ぜながら仕掛けてるんだ、そう簡単に俺を捉えることなんてできねーよ」
「ううむ……」
おっさんは納得していないようだが、闘っている俺には確信があるんだ。
チャンピオンは俺の出入りの速さについていけてねえ。腕の長いボクサーの弱点てやつだな。
俺は再びマウスピースを口にはめ込むと、ゴングが鳴ると同時に飛び出していった。
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