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「はぁ、はぁ……。おっさん、何が起こった? チャンピオンの野郎、いきなり強くなりやがったぞ」
息も絶え絶えに自陣に戻った俺は、セコンドに助言を求めた。
「……完全にしてやられた。あちらさん、サウスポーにスイッチしてきたんや」
「あ? サウスポー? ……ちっ、違和感の原因はそれかよ。むかつくぜ」
小野木さんに腫れているだろう顔に氷水を押し当てられながら、俺は悪態をつく。
相手はサウスポーに切り替えた。すなわち、左ジャブが右のジャブに切り替わったということ。それは右利きボクサーが、右拳を縦横無尽に振り回せるということである。
納得がいったぜ。途中から右ストレートを打たれ続けていたようなもんだ。効くに決まっている。
「と、とにかくボディへの連打作戦は止めや! 基本に忠実に、ワンツーで丁寧に攻めるんや」
アドバイスが曖昧だなと感じたが、おっさんはそう言うしかないだろう。
なにせ俺たちは、サウスポー対策なんて一切やってこなかったからだ。これまでの対戦相手にも、左利きのボクサーなんていなかった。
俺は第五ラウンドを告げる音を聞くと、ダメージが抜けきってない体に鞭を打ち、リング中央へ歩を進めた。
――――そして、サウスポースタイルとの相手と距離感が掴めぬまま、俺は再び追い詰められた。
反撃しようとガードが緩くなったその刹那、敵の体重が乗った左ストレートが鼻っ柱を打ち抜いた。
俺は脳が激しく揺れ動くのを感じ、前かがみに倒れ込む。
……おっさんと小野木さんの、俺を呼ぶ声が聞こえる。審判のワン! ツー! という、カウントが進む声もだ。
脳みそがまだ、ぐわんぐわん言ってるぜ。……野郎、思い切りぶん殴りやがって。
『…………!』
ん? 何か変な感覚がするな……。
その時俺の頭の中に、大学時代共にボクシング部で切磋琢磨した、後輩との思い出が流れ込んできた。
まるで走馬燈だな。……え、死ぬの俺?
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