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「うっし! 休憩にするか虎太郎!」
「は、はいぃー……」
俺は大学体育館に設置してあるリング上で、仰向けに倒れているひょろ長い体躯の男、瀬野虎太郎を見下ろしながら言った。
……ああ、この光景は懐かしいな。ちょうど五年前ぐらいか。
思い出の中の俺はヘッドギアを外し、少し離れた場所にある細長いベンチに座る。
程なくして、虎太郎もふらふらとした足取りでベンチまで歩き、俺の横に座った。
「いやあ、東島先輩まじ強いっす。俺一生敵わないっすよー」
「お前は焦るとすぐ大振りになるんだよ。その無駄に長いリーチを活かして冷静に立ち回ればいいのによ」
「そうしてるつもりなんですけどね……。先輩の殺人右ストレートが至近距離で横切るだけでも冷静さを失っちゃうんっすよ」
自慢の右ストレートを褒められた俺は、嬉しそうに笑いながら後輩の背中をばしばしと叩く。
思いのほか強く叩き過ぎたようで、奴は大きく咳込んだ。
「まあ? 俺は日本一になって、やがては世界を獲る男だし? 当然だな!」
ご満悦な俺に、後輩は少し意地悪そうな顔をした。
「……そんなこと言って、もし俺が先に日本一になっちゃったらどうするんすか?」
虎太郎はそう言うとすぐさま、俺のツッコミという名の暴力に備えるよう、ガード体制をとった。
が、予想していた鉄拳は飛んでこなかったので、拍子抜けた顔をした。
俺は顎に手を添えながら考えるような素振りを見せ、やがて、
「有り得なくはないな。お前は部の中では俺の次に強いし、努力も愚直にするしな」
と答えた。
ぽかーんとした顔をしている虎太郎を背に、俺はジュースを買いに行くため立ち上がる。
背後から、偉大な先輩である俺様からの評価が意外にも高かったのが嬉しいのであろう、浮かれに浮かれ切った空気が伝染してきた。
それがうざったく感じた俺は、虎太郎を見下ろしながら言い放った。
「ま、そんなことが万が一あったとしてもだ。この俺がすぐにチャンピオンの座を奪いにいくからよ。首を洗って待っとけや!」
後輩は破顔し、「うっす!」と言い返した。
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