失恋する10分前

6/6
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
目の前から消えてた彼を見送っていたら、無性に走りたくなった。 私はくるりと駅に背を向けて、一心不乱に走った。 全ての嫌なものから逃れる様に、私は走った。 知らない街並みが、私の横を流れる。乱れる髪も気にならなかった。 少し背伸びしたヒールが、私の足を止めた。 はあ。はあ。はあ。 脈打つ様に、ズキンズキンと痛む足に、我に返る。 ああ、私は泣きたいんだった。 泣ける場所を探していたんだ。 ピンクのグロスも取れてしまった。 巻き髪は絡まって、指に引っ掛かって痛い。もう、痛いだけだ。 情けなくて、コンタクトがずれた事にして、「痛い、痛い」と少し泣いた。 少し泣いたら、笑えてきた。 こんな頑張ってきたのに、捨てられるなんて、私って面白い。予定が全部無駄になった。変なの、面白い。 フと、知らない街の知らない美容院が目に入った。 予定はない。 フワフワの巻き髪なんて、何の意味も無くなった。 私は吸い寄せられる様に、知らない美容院へ入る。 「スミマセン、予約していないんですけど」 小さな声でレジ前の可愛らしい女性に話しかける。 「どうされました?」 振り向きざまに出た声までも可愛い彼女に、つい笑顔になった。 「あの、髪を切りたいんです。」 奥から私の声を聞き付けて、役者の様な男性がやって来た。 乱れた髪で、涙目の女の子が立っていたら、さぞびっくりしただろう。それでも、美容師は何も言わず 「今からなら、大丈夫ですよ。」 優しく微笑んでくれた。 格好いい男性に、一気にテンションが上がる。 予定なんか無くったって、私の人生は楽しいのかもしれない。 私は今日一番の声を出した。 「バッサリ、切ってください!」 そして、私は予定外の行動で、予想外に髪が短くなった。 ショートボブの毛先をクシャクシャと触って、私は満足した。 失恋して髪を切るなんて、定番過ぎて皆笑うかな。でも、そう考えることもなんだか楽しかった。 春を先取りした私の髪は、あのブルーの爽やかなスカートと合うかもしれない。明日にでも、履いてみようかな。 知らない街を、新しい自分になって歩くことがこんなに楽しいなんて、私は知らなかった。 どこかの店の入口に映った自分を見て、こう思うのだ。 髪を乾かすのがラクになるなあ。 失恋するのもいいもんだ、ってね。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!