警笛鳴らせ

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 ――この辺りに、身寄りのないお婆さんが暮らしていた。  伴侶もいなければ親戚もいない。 けれど堅実な働き者だったため、それなりの蓄えはあった。  ところで、彼女には親しい隣人がいた。 三世代で同居している一家で、一緒に旅行に行くほどだったという。 彼らの四歳になる孫にも祖母のように振る舞っていた。 つまり、いろいろと買い与えていたわけだ。  そしてあの事故が起こった。  雨の夕方、道を歩いていたお婆さんは大型トラックに轢かれた。 トラックはすぐに停まることなく、数十メートルにわたって小柄な彼女を引きずっていった。  脆い老体が、大根おろしのように摩り下ろされる。  道には赤い一本線が描かれ、その周りに点々と肉片が散らばった。降り続く大雨は、さらにお婆さんの身体を道に塗り広げていく。  ようやくトラックが停車したころには、彼女はもはや人の形をしてはいなかった。 即死であることは間違いない。
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