警笛鳴らせ

1/6
前へ
/6ページ
次へ

警笛鳴らせ

 大学時代、同じ研究室に沢崎君という穏やかな男性がいた。  彼は酒が飲めないため、飲み会があるときはよく車を出してもらった。  男女ではありながらお互いに恋愛感情のない、ゆるい関係だった。  少し遠い店で飲み会をしたときの話だ。  そのときも私は酒を飲み、助手席に乗せてもらっていた。  沢崎君は道をよく知っている。 その夜も、私の知らない近道を通って帰宅している最中だった。 陰気な雨が降っていた。 「なんか面白い話ない?」  酔っ払いの無茶ぶりに、気分を害した様子もなく答えてくれる。 「どんなの? 怖いやつとか?」 「そうそう、それでもいい」  田んぼに囲まれた一本道だ。 ほかに車通りはない。  遠くに立ち並ぶ古びた民家が、ハイビームの光で薄ぼんやりと浮かび上がった。 「そういえば、ちょうどこの道をもう少し行ったところに標識があるんだけどさ。『警笛鳴らせ』の」 「へー。あれってなんで鳴らさなきゃいけないんだっけ」 「見通しが悪いところで、事故を防ぐためにあるんだと思うよ。山道とか、濃い霧が出やすい場所とか」 「ここ霧出るの?」 「ときどき通るけど、出てたことはないな」  助手席で目を凝らした。 山道のように坂があるわけでもなければ、急カーブや高いブロック塀があるわけでもない。 日さえ昇れば、田んぼの向こうの民家一軒一軒まで見渡せるだろう。 「……ああそっか、怖い話だもんね。つまり幽霊が出るわけだ」 「そういう感じともいえるのかなあ」  曖昧に答えて、沢崎君は声を落とす。 「以前にそこで事故があってさ。大雨の日に、お婆さんがトラックに轢かれたんだって」  暗い夜道から目を逸らさず、彼は淡々と話し始める。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加