ポケットティッシュの中の闇

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 指の間に挟まっていた毛は短かった。 母親も恵実も髪は長く、どちらのものでもなさそうだ。 妹の毛は短いが、柔らかな細い髪質だった。 後方の窓から注ぐ陽に照らされて、紡ぐ前の絹のように見えたのを覚えている。 恵実が見せつけるように差し出していた毛は、短くはあるがもっと太かったーーまるで、俺やヒデのような。 「大人の男……?」  そう言えば、彼女の父親はどんな髪型なのだろう。 唯一の生存者の顔写真は検索をかけても出てこない。 遺族のプライバシーが守られるのは当然のことだ。 けれど、何かが引っかかる。  画像検索から普通の検索へと切り替えた。  井淵猛志という語を含むページの一覧が表示される。  意外なことに、一家心中についての記事ばかりではなかった。 その後にまた、彼に関する別のニュースが配信されているのだ。  ニュースになるような何かが、彼の身にまた降りかかったらしい。 『〇〇市で事故 バス運転手を逮捕』  一昨年に起きた交通事故だ。 井淵猛志は当時妻子と暮らしていた×県から離れ、〇〇市の路上にいた。 くだんのバスが青信号で直進してきたところに、飛び出す形で突っ込んだという。 「頭を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認された」らしい。  加害者であるバスの運転手は「まるで何かに引きずられるように飛び出してきた」と供述した。  ふと嫌なことを思い出す。 「〇〇を強く打って」というニュースの表現は、つまりそこが原型をとどめないほどに激しく損傷していることを表すニュースの隠語ではなかったか。  バスの巨大なタイヤに潰される井淵猛志を想像してしまう。 首から上の損傷で死亡した父と、首吊りをして死んだ母子。 因縁めいたつながりを感じるのは考えすぎだろうか。  スマホを置き、ため息をつきながら目頭を揉む。  頭の中で、点と点とが繋がっていく。  母子の死亡直後には置かれていなかった携帯電話。 そして、誰でも打ち込める携帯電話に残されていた遺書。 父親は家族と過ごした家を去り、別の街へと移った。 そのわずか一年後には、何かに引きずられるようにしてバスの前に飛び出している。 一方で、恵実の左手には誰かの髪を掴んで思い切り引きずったかのような毛髪が遺されていた。  つまり、これこそが『エミちゃんの秘密』なのではないか。
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