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黄昏時にあの男はブツブツとなにかをつぶやきながら歩いていた。近づいても他の人間は見えていないようだった。勇気を出して付いていっても何も言ってこない。自分の世界に入り込んでるようだった。
男は電信柱を指差して数えながら例の食品工場前を通って袋小路にたどり着き、「足りない」と肩を落としてまた電信柱を数えながら今まで来た道を戻るのだった。
次の日の黄昏時にもあの男はいた。最初に会ったときのように目の前で踵を返すと袋小路までの道を歩いっていった。
「9、10・・・」
男は電信柱を数えていく。
「11、12・・・あったあああああ」
男は急に立ち止まると歓喜の声を上げた。
目の前には13本目の電信柱があった。
「今いくよ」
男が電信柱に触れると吸い込まれるように消えていった。
家に駆け込もどると母親の声を無視して部屋に引きこもった。幻覚をみていたとも思えない。あの男は消えてしまった。
しばらくして友人からの電話が鳴った。
「不思議なこともあるもんだな」と友人は感心していた。
「貴重な体験をしたな」と続けて笑った。
友人は食品工場でバイトしてる奴に頼んで情報を集めていたらしい。それによると食品工場でバイトしていた女性がいて、迎えにきた彼氏とバイト先からよく帰っていたらしい。
「その帰りしにその女性は行方不明になったのか」
「珍しく鋭いじゃないか」
友人は電話口でニヤリと笑ったに違いないと思った。
ありえるかどうかはわからない。あの男は電信柱に吸い込まれて消えた自分の恋人を探していたのだ。13本目の電信柱を見つけるためにずっと彷徨い続けた。
あの歓喜の声を聞けばその理由など安易にわかるのだ。
きっと恋人に会えたに違えないと思い友人との電話を終えた。
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