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やっとだ。やっとここまで来たんだなぁ。
右手の下に確かにある温度と、肩に乗せられた彼の重さ。
ここまで来るのに、自分としては結構我慢した方だと我ながら感心する。
右側に感じる体温が余りに嬉しくて僕が微笑んでいると、助手席にいた倉島から念を押すように注意された。
「修二様。直樹様はとてもお優しい、素晴らしいお方です。くれぐれも…」
「五月蝿いなぁ。そんなこと分かってる。…大事にするよ。何よりも」
「お前若いのに何か直樹のお義父さんみたいだな」と軽口を叩くと、倉島は少し眉をしかめて前に向き直った。
そんなやり取りをしている間にもすうすうと規則的な動きを繰り返す彼の肩を見て、僕の隣で安心してくれているのだとまた嬉しくなる。
人生で初めて心から欲しいと思ったもの。それが今やっと僕の手の中にあるのだから、多少にやけてしまうのは許して欲しい。
そんな僕にまだ何か言いたげに、倉島が鏡越しにちらちらと視線を寄越して来た。
「…何」
二人の空間を邪魔された苛々を隠しもせずに問うと、倉島が少し悪戯っぽく口角を上げた。
「いえ。前からずっと思っていたのですが…貴方にも表情筋というものが存在したんですね」
「減給するぞ」
僕の軽口を聞いて倉島は更に嬉しそうに笑みを濃くした。ふふっと笑みを溢しながら「それは困ります」なんて言って再び前を向く。今まで表情筋が死んでいたのは自分も同じ癖に。
「でもまぁ、これからだね。…直樹」
これからだ。折角彼が自分の意志で僕と居ることを選んでくれたんだ。
僕がそうであるように、これから直樹も僕無しでは生きられないようになればいい。
あの日から、それだけを願っている。
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