とんでもない美形

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「よく来てくれたね」 「…はぁ」 無理矢理連れて来られたんだけどね。 「突然すまなかったな。少しの間とはいえ、怖い思いをさせてしまっただろう。初めに言っておくが、僕らは君を傷つけるようなことは一切しない。安心してくれ」 分かってんならするなよ…。とは言えず。 やはり低く落ち着いた声に合わせて動く喉仏を見つめながら、俺は声を絞り出した。紙は男の顎辺りまでの長さなので、喉仏はかろうじて見える。 「あの、」 俺の視線だけで言いたいことが分かったのか、というかどこから見えているのか、男が続けた。 「ああ、これか?だってこういうのってさ、『俺を連れ去ったのは…とんでもない美形だった!?』みたいなのが定番なんだろう?」 「だからってそんなふざけた…ってか待てよ?アンタ勝手に俺の本棚見ただろ?!」 何を隠そう、俺は腐男子である。きっかけは実に単純。本屋で見かけた綺麗な装丁の表紙に惹かれて買った一冊の漫画。それがたまたま男同士の恋愛模様を描いたものだったのだ。元々姉の影響もあって恋愛物の漫画も好きだった俺はどっぷりハマリ、それから似たようなジャンルを買い漁っては、今や部屋はそういった類いの小説や漫画だらけになっていた。 俺にとっては天国だ。 その天国から無理矢理俺を連れ出した変てこな和装男。 その男が口にしたのは、俺の部屋にあったはずの、俺の好きな小説の帯に書かれた煽り文句だった。 とはいえ俺に所謂夢的な思考は無い。主人公を自分に投影して楽しむ人もいるだろうが、俺はどちらかと言うと壁になって主人公たちの行く末を見届けたい派であり、断じて自分に置き換えたりはしない。 美しい世界に自分のような邪魔物を入れたくはない、というのが俺個人の考え方であり楽しみ方なのだ。 それが今、何故こうなったのか…。
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