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隆義は目の前にガスマスクを広げると、大きく息を吸って──
「装面──!」
言いながら、ガスマスクを装着し始める。
できるだけ素早く、頭の中で秒数をカウントしながら、である。しかし、慣れない物を扱う為、手つきはあちこち迷っている様子だ。
面を顔に密着させ、留め具を頭に固定するのだが、この留め具を締めるのが難しいのだ。
そして、ようやく息を大きく吐いてマスク内の空気を追い出す。
ここまでにかかった時間は──
「……二十秒かかっちゃったか」
もちろん実際にはもっとかかっている。
頭の中では一秒から二秒の正確ではないタイミングで、一つのカウントをしていたのだから。
「きょうかんさん、なんびょうでつけろっていったん?」
「八秒で着けられるようになれって言われた。あいつらが毒ガスを持ってるかは解らないけど、教官は "奴らが麻薬を製造できるなら、毒を作る事は簡単だ" って」
「っ……たしかに、そうよねぇ……」
きゅーちゃんは、霞中の体育館から感じ取った生徒の助けを求める声を思い出し、表情を曇らせる。
声の主が誰かは解らなかった上に、どう足掻いても救う事はままならなかったからだ。
ある意味では、麻薬も毒か──きゅーちゃんはそう思いながら、隆義の手元を見るように俯いてしまった。
「着けてみて解ったんだが。これ、結構苦しいぞ……」
わざとらしく聞こえる程に、隆義は大きく息を吸い、そして吐く。
だが、こうしなければ呼吸がままならない程、ガスマスク装着時の呼吸は苦しいのだ。
「そ、そがぁにくるしいん?」
「いつもの調子じゃあ……息ができない……」
それもその筈である。
このガスマスクは軍用の、しかも訓練された兵士が使う事を想定した物なのだから。
隆義のような、中学生の平均以下の体力しかない少年が使う事は考慮されていない。
しかも、元は筋骨隆々とした体格をした、教官ことドリルサージェントの持ち物である。
「大きく息を吸って……大きく吐け……って」
「たかよし、かおがあかくなっとるよ。はずしたほうがええって」
「そ……そうだなぁ……」
きゅーちゃんに心配され、隆義はようやく後頭部を締め付ける留め金に手をかける。
ベルトのように留められたそれを、息苦しさと格闘しながら外していく。
「ぶはー」
結局、装着する時よりも長い時間をかけ、マスクは引き剥がされた。
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