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重塚は息を飲んだ。
主人の話が、かつて見た文献とあまりに合致していたからだ。
渡海僧の体には逃げられぬよう百八つの石を巻きつけたというのだ。
「やがてその骸骨は芋虫のように這いながら、こちらの船に乗り移ろうとしてるようでした。真っ黒く空いた両目がおれをじいっと見るんですな。そして顎が何事かを云うように開いたり閉じたりしている。」
もはや肉の無いはずの骸骨なのに、ひどく苦しそうな表情を浮かべているような気がしたという。
「たすけて、と云ってるんではないかと思ったんです・・・。でもこっちは何か出来るわけじゃない。」
そのとき突然、親父さんが背後から駆け寄り、手にした櫂を思い切り髑髏に突き立てた。
瞬間、骸骨は船からずり落ちたという。
「おい、船出せ!!」
親父さんに怒鳴られた主人は夢中でエンジンをかけた。船は何とか動いた。
渡海船を弾いて、死に物狂いで船を走らせる。
「そうして暫く船を走らせると、いつの間にか湾の灯りが見えてきたんだ・・・。」
そう言って主人は深くため息をついた。
「ああ、お酒が切れましたね。新しいのをお持ちしましょう。」
主人は重塚の横に置いてあった徳利が空になっている事に気づき、立ち上がった。
主人が退室した後、重塚はひとり考え込んでいた。
外は相変わらず海からの風がびょうびょうと吹いている。
その海風に乗せて読経の声が微かに聞こえた気がした。
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