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交差点の女
もし、その場所で何か『おかしなもの』を見つけてしまったとしても――。
決してそれを目で追ったり、触れたりしてはいけない。
絶対に、何があっても関わらないこと。
さもないと、本当に恐ろしい目にあってしまうから……。
駅前の交差点で事故にあったAは、声を潜めてそう言った。
俺は全く知らなかったが、駅前の交差点は『出る』ということで有名な場所だったらしい。
Aがその妙な女を見かけたのは、陽が傾きだした夕暮れ時だったという。
駅前の道路に面した喫煙所で時間をつぶしていた時、ふと目の前のスクランブル交差点を行ったり来たりする女を見つけたらしい。
交差点を延々とウロウロとするだけでも十分に変なやつだが、その女は明らかに様子がおかしかったそうだ。
「長い髪で顔がほとんど隠れていたし、身体中にひどい擦り傷を負っていてさ。おまけに靴も履かずに裸足だった。そんな恰好で、ゆっくりと人ごみのなかを歩いてて……」
その様は、浮いているなんて言葉じゃ生易しいほどに異質であった。
――なんだよ、あいつ……。
Aの驚きをよそに、交差点を歩く人々はまるで女に気づいた素振りもなくすれ違い、追い越していく。誰一人として振り返ったり、視線を向けようともしない。
女は人波のなかをふらりと漂うようにバス停へ続く道を進み、ショッピングモールにつながる道路を歩き、また駅前に続く横断歩道に戻ったりしていた。
じっと女を観察していたAは、ふとあることに気が付いたという。
――影が、ない。
少しずつ沈んでいく太陽が、町のいたるところに長い影を作り出している。
それなのに。
道路をゆったりと流れるように歩きオレンジ色に照らし出された女の姿には、影が見当たらなかったらしい。
――やばいやつかもしれない。
視線を地面に逸らして、Aはスマホを握りしめて深呼吸をした。
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