262人が本棚に入れています
本棚に追加
二人分の精液を吸った紙をこっそりトイレに処分しに行く井上を一人残し、香が先に戻る。廊下に人がいないか耳をそばだてて外を窺いながらドアに手をかけた。
「……香」
もう出ていこうとした香を、井上が呼び止めた。振り返ると、井上は優しく微笑んでいた。
「愛してる」
真っ直ぐ目を見て言われた。それは――香の心に真っ直ぐ届いた。
香も恋人に微笑みかける。
「俺も、愛してるよ」
もしかしたら、他の部下たちに一番聞かれてはまずいセリフだったかもしれない。香は急に恥ずかしくなって、急いで仮眠室を出た。
井上と離れると寂しくてたまらなかったが、ずっと心にあった黒い靄は晴れていた。触れ合って思いを伝えあったことで、井上と自分の気持ちを再確認できた。
二人の間には、確かに恋が――愛がある。そう心から信じられた逢瀬だった。危険で短い逢瀬だったけれども。
香は井上を信じ、自分を信じ、これまで以上に真摯に事件に向き合う覚悟を強くした。
この先に、どんな試練が待ち受けているかも知らずに――。
◇◇◇◇◇
最初のコメントを投稿しよう!