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黒塗りの車の横に立つ吉田は、今日も腹が立つほどイケてる中年男だ。相当気を遣っているのか、毛量は豊富で腹もまったく出ていない。スタイルが良いのは昔からで、顔立ちは昔の映画俳優のような渋い二枚目だ。そんな見栄えの男が、オーダーメイドの趣味のよい三つ揃えスーツを着こなしていれば、どんな高級車の隣に立っても負けっこない。
恋人が後ろにいなければ、目の保養ぐらいには思えるが――今はその余裕はない。逃げ出したいが、見つかってしまえば無視はできない。相手はS県警のナンバー2だ。香は渋々吉田のもとに向かった。後ろについてくる井上を意識しながら。
「お久しぶりです、吉田警務部長。……警察庁にお出かけですか?」
吉田の前に立つと、香は慇懃に頭を下げた。気配で後ろの井上も同じことをしたのが伝わる。
吉田と目を合わせるのが怖い――。吉田のそばには秘書が控えているので、おかしなことは言い出さないと思うが、この男はなにを仕掛けてくるかわからないのだ。
「そう、面倒な定例会議。それよりお前、大きな事件を抱えて忙しいのか? 最近全然電話に出てくれないじゃないか」
吉田の電話をガン無視し続けたのを後悔する。
「……申し訳ありません。仰るとおり忙しくて……折り返しのご連絡もできずに大変失礼いたしました」
「なんだよ、随分他人行儀だな。……そちらは、捜一の部下かな?」
「あ、はい。捜査一課三係の井上です」
いつも誰にでも飄々と対応する井上だが、さすがに警務部長相手には畏まった態度になった。警察学校で習った姿勢でお辞儀する。
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