プロローグ

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しばしの間、二人して大きく肩で息をし、ラグの上に崩れ落ちたのもほぼ同時だった。うつぶせになった香の上に、井上がそのまま乗っかる。 「おもいぃ……」 香が掠れた色っぽい声で抗議する。どこか楽しそうに聞こえ、井上の胸に欲情が去った後の優しいぬくもりが湧き上がった。苦しそうにする香をそのままギュッと抱きしめる。 「稜ぅ、マジ……重い……」 クスクスと笑う声も甘くて、井上の香への思いは静まりそうになかった。井上は、香のきれいな背中にチュッとキスした。 「風呂、行こっか。今日は風呂でもデきるし」 リビングだけではなく、脱衣所にもゴムとローションのセットを用意しておいた。 驚いて振り向いた香は、井上と目が合うとフワリと笑った。 「もう……稜のエッチ……」 唇を尖らせて言うが、そのきれいな目は妖しく輝いていた。 井上はウットリと微笑んだ。 抱き合っている時だけは、日々の不安を忘れられる。この人は俺だけのものだと――。 しかし、体を繋げてもなお、井上は見えていなかった。察することもできていなかった。 不安を抱えているのは、自分だけではないということを。 美しい恋人もまた、心の奥底に拭いきれない不安と寂しさを隠していたのだ。 甘い逢瀬の時間は続くが――恋人同士は互いの心を曖昧にしか見つけられないでいた。 ◇◇◇◇◇
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