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EPISODE5:18歳、凪
病院から電話があったのは、朝9時であった。
「田川さん、外線…病院からですよ」
田川は血相を変えて電話に出る。何か、起きたのかと思いはらはらとする田川であったが、あまり外にはその動揺は漏れていない様子であった。その本人のデスクから、マウスがぷらぷらと垂れ下がっている。几帳面な田川には有り得ない。
「はい…田川ですが」
どうやら今日これから、来てくれないかというもので、主治医からである。緊急事態ではないが、夫である田川にも是非聞いて欲しい話であると、そういう事であった。
病院の呼び出しは何故日中なのだろう、いつもそう思う。まぁ、時間外の仕事を無くそうとしている田川であるから、これは上司に相談案件である。
「部長、すみません…これから病院に行きたいのですが、あの、妻の事で」
「大丈夫?早く行ってあげて。こっちは大丈夫だから」
営業課の部長は立川部長といって、女性でやり手のスタッフである。頭も柔らかく、情に厚い。昔だったら女にしとくのは勿体無い、と揶揄された事であろう。今の世の中、女性であるべき人であった。
「…すみません」
田川は荷物をすぐまとめ、早々に職場を出ていく。…何だろう。一体なんの話だろう…
渦巻く不安を消せないまま、田川は電車に乗っていた。
妻、真理愛は、まだ闇の底にいる。そこに手を差し伸べたいのに、何も出来ないまま、自分は舐め犬として行動している。どうしようも出来なかった。歯痒くて、自分ももしかしたらおかしくなっているのでは無いかと疑う時もある。知らない女達の言いなりに、毎日のように性器を舐め、その女の「犬」になる───。正気の沙汰では出来なかった。
「…もう、僕も狂っているのかも」
ガタンゴトン、と電車の発進する音が、冷たく心に響いた。
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