第四話

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第四話

 案の定テストの結果は散々で、陽平は母親の命令で塾に通わされることになった。彼の志望大学のランキングはさほど高くないが、それでも油断はできないということらしい。そもそもじっとしているのが苦手な陽平にとって、朝から晩まで勉強をするのには大変な苦痛が伴ったが、同じ大学を目指している秀吾もこの頃励んでいるようなので、つられるように打ち込んでいった。  いつのまにか本格的な夏を迎え、一学期の終業式が行われた。太陽光が頭のてっぺんから降り注ぐ時間に下校していた陽平は、自宅近くのコンビニに寄り道した。近頃はあまり、家に帰りたくなかった。  「ふう」  店先に停めた自転車のそばで、購入したソーダ味のアイスキャンデーをかじる。噛み砕いた氷が口の中できしきしと音を立て、爽やかな甘みが広がった。それから、なんとなくコンビニに隣り合うコインランドリーに目を向けた陽平は、手に持っていたキャンデーを取り落とした。  「あの!」  自動ドアが開くのももどかしく駆け込んだランドリーには、あの青年の後ろ姿があった。ゴウン…ゴウン…と洗濯機の回る音がうるさくて、乾燥機から衣類を取り出している彼が気づいた様子はない。  「あの!!」  その肩に手を掛けてもう一度声をかけると、青年は弾かれたように振り返った。  「うわっ!」  前回とは違い、小さな叫び声を上げた彼は目を丸くしている。その姿に反射的に謝った陽平を数秒間見つめていたが、誰だか思い出したらしく破顔一笑した。  「なんだ、久しぶりじゃん」  「た、たこ焼き、ありがとうございました!美味しかったです」  「うんうん、良かった良かった。実はウチ、ちょっとした有名店なのよ」  陽平の言葉に笑みを深めた青年は、前より少し痩せて、日焼けしていた。そうは言っても、もともと肌の色は薄かったので、小麦色というほどではない。  「それにしても君、よく会うね」  「あっ…、すみません、邪魔しちゃって…」  「いやいやそうじゃなくて。声かけてくれて、ありがと」  そう言うと、彼は陽平の頭をぽんと叩いた。完全な子ども扱いに、恥ずかしいやら、ほんのちょっとだけ悔しいやらで、陽平は少しだけ口ごもった。  「ダメダメとは思ってても、ついつい溜めちゃって…、ほら、まだまだ出てくる」  既にいっぱいになっている籠に衣類を盛り上げながら、青年が恥ずかしそうに笑った。それにやや上目遣いになった陽平は、おずおずと口を開く。  「あの…、俺、宮井陽平といいます…」  「ああ、俺、名乗ってなかったっけ?…よーへいね、覚えた覚えた。俺は真山。真山柳人(まやまりゅうと)」  「りゅーと、さん」  教えてもらった名前を口の中で繰り返したあと、どうにか間を持たせようと思いついたことを口にした。  「りゅうって、ドラゴンのりゅうですか?」  「ううん。ヤナギのりゅう。ヤナギにヒトでりゅうとなの。ヤナギジンだなヤナギジン!」  柳人の言いぶりに笑ったせいか、肩の力が抜けてしまって、だんだんといつもの調子が戻ってくる。  「柳人さんは、この辺りに住んでるの?」  「そうだよ。よーへいもだろ?」  「はい。すぐ近くです」  「そうかそうか。何年生?」  「三年です」  「あら、受験生?たいへんだ」  「はい。勉強嫌っす」  即答した陽平に柳人はおかしそうに笑うと、衣類をてんこ盛りにした洗濯籠をひょいと持ち上げた。  「あの、俺、手伝いましょうか」  衣類の山でほとんど視界を塞がれている彼に声をかけたが、明るく笑って断られた。  「こんなとこで油売ってないで、勉強するんだぞ受験生ー!」  そう言って振り向かずに去っていく柳人を見送りながら、陽平はぼそりと呟く。  「連絡先なんて、聞けるわけないよなあ…」
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