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女の人は、薄幸な笑みを浮かべた。
「貴女は、騙されないようにね」
ここから逃げたい一心で大きくコクンと頷くと、女の人の手から奪うようにして白いクレヨンを掴んだ。足がもつれそうになりながらも、後ろを振り向くことなく、必死に家まで走る。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
ピンポン、ピンポン、ピンポンと連続で何度もチャイムを押していると、玄関のドアがゆっくりと開いた。
「美代ちゃん、どうしたの?」
目を大きく見開いて驚くお母さんの脇をすり抜けて靴を脱ぎ捨て、真っ直ぐに階段に向かうと駆け上がり、廊下の窓から通りを見下ろした。
いない……
黒い格好した白い女の人は、そこにいなかった。
部屋に入った私はランドセルを下ろし、クレヨンの箱を取り出した。箱の蓋を開け、手汗で濡れた白いクレヨンをずっと空いていたスペースにそっと戻した。
白いクレヨンを口に詰めた犯人は、20年経った今も捕まっていない。
あの人は今、何色だろう。
<完>
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