春の日の踏切で

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「行こ!」 「え、ちょっと待っ──」  ──あっ!  あっ……、えっ!?  待って待って待って!  心の準備が!  彼は階段を上り始める一歩目のその前に、私の手をギュッと握って。  堅くて強いのに、柔らかくて優しい──。  まるで彼の名前のように、温かくて。  私の胸と顔は、蒸発温度を超えてしまいそうだ。 「せっかくのデートなのに、踏切なんかに邪魔されたら勿体ないじゃん!」  階段を一段飛ばししそうな勢いの彼の弾む声が、上から降り注ぐ。  ああ、シミュレーションが……。  私から、いくつもりだったのに……。  だけど、だけど。  引っ張ってもらう心地良さに、今は甘えてしまおう。  ドキドキさせるのは、もう少し待っててね。  大丈夫。  色々あれこれ考えて待つ楽しさは、私が教えてあげるから。 【end】
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