ねがいごと、ひとつ。

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「よいしょっと…」  ここでの生活に慣れてきた頃、洗濯物を干し終わって、ふう、と一息をつく。晴天、絶好の洗濯日和だった。こんな気持ちのいい日には歌の一つでも歌いたくなる。 「~~♪」  歌うことは得意ではないけれど、好きだった。俺は身体が弱くて、同世代の子どもたちと走り回ったりできなかったけれど。……それでも時々、みんなと歌うことは楽しかった。  俺の歌声は初夏の風に乗って、空高く響いてゆく。  後ろから近づいてくる気配に気づかずに、上機嫌で歌っていると、 「シキ!」 「うわっ!」  ……盛大に叫んでしまった。いきなり後ろから話しかけてくる方が悪い、うん。 「も~何?洗濯物干し終わったけど、他にやることあるの?」  ちょうど歌が一番の盛り上がりに入るところだったから、むっと眉間にしわを寄せた。 「なあ!シキ!さっきの、さっきの何?」  詩祺は目をキラキラとさせながら尋ねてきた。聞こえていたんだな、と思うと少し気恥ずかしい。 「さっきの?歌、だけど…」    ――それがどうし、 「……う、た。うた!さっきのは歌って言うんだな!」  ……あ、詩祺、歌って知らないんだ。……そうだ。詩祺は俺の村に伝わっている『化け物』、その張本人だ。その伝承自体、いつから語り継がれているのか誰も知らない。俺だって御伽話か何かだと思っていた。  ――そういえば詩祺、いつから生きているんだろう?……自分は半妖だって言っていたけれど、家族は?それに詩祺と接していて『化け物』とは思えない。……そりゃ、俺を軽々と担ぎ上げたり、身のこなしが軽かったり、普通の人間よりは身体能力はずっと高いと思う。俺が存在しないと思っていた術だって使えるし。  ――最初は血も涙もないと思っていたけれど、そんなことはない。今もこうやって俺にキラキラした視線を向けているし。 ……眩しい。感情だって、俺と同じようにある。  伝承が伝わってから、この山には人が誰一人住む者はいなくなったと言われている。……詩祺、もしかして君は―― 「詩祺、歌、気に入ったの?」 「うん!不思議。うた、シキの歌、綺麗だって思った!聞いてて楽しくなったんだ!」  満面の笑みでそう言った。    ……ここまで言われると余計に恥ずかしい、ような。
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