ねがいごと、ひとつ。

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 ジャラリ、冷たい金属の音がした。  ……どうして足枷がはめられているんだっけ。  ――ああ。そうだ。俺は人間の村を訪ねたんだった。  「……っ」  頭が痛い。どろりと頭から血が垂れてきた。  ……ああ、さっき、殴られたんだっけ。  俺はつい、気になって人間の村を訪ねてしまった。その、聞こえてくる人間の営みが、気になって。……でも、間違いだったって気づいたときにはもう遅かった。……今まで俺と人間との違いなんて気にしたこと、なかったけど。  村人たちは俺を歓迎などしなかった。半妖だって正直に言ったのも、信じさせようとして、術をかけてみたのもいけなかったのかな。  ……術をかけるといっても俺は『半妖』だから、妖たちみたいに高度な術は使えない。せいぜい人一人の動きを止めるのが精いっぱいだった。  術なんてかけてしまったら、呪術師が飛んでくるなんて当たり前のことだった。……うかれていた。人間と話すのが初めてだったから。少しでも俺に興味をもってくれるかと思ったんだけど。 「けほっ」  ……口から血が出てきた。よく見れば体中傷だらけで服もボロボロだった。せっかく服も新調したのに。  ガチャリと牢のドアが開く音がした。まずい、目が霞んで――  ――その札を俺に使うのか。  ――俺を殴っても蹴っても、術をかけても、吊し上げて牢につないでも、  ――まだ、足りないのか。  ――どうして。  ――俺はただ……、  ――「あの『化け物』どうして殺さないの?」  ――「うかつに殺して怨霊にでもなって祟られでもしたら、この村は壊滅してしまうよ。だから呪術師様が封じたそうだ』  ……『化け物』か。  俺は人間と同じように感情だってあるのに、痛みだって、あるのに。名前も、唯一母親から貰ったものがある。  ……そういえば、名前呼んでもらったこと、ないな。呼んでもらっていたとしても記憶にない。  術をかけられてから、俺は身動きがとれなくなった。  ――でも。  瞬きするうちに人間も、もちろん呪術師も死んでいった。村人たちはこの山からいなくなって、足枷も錆びていった。いつしか、俺自身への術も解けていった。   牢の中から見た光景、赤ん坊を抱えて泣き崩れる母親、それに――
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