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一樹さんは、自分の母親を迎えに来たみたい。奥の部屋を貸してもらい紙袋をそぉーと覗いた。花柄のワンピースを渡されたときにはどうしようと思ったけど。良かった。入っていた白のブラウスと、黒のボトムズに着替えた。サイズもピッタリ。部屋を出た僕に藤さんが首にショールを巻いてくれた。
外に出ると橘内さんが待っていてくれて。彼が運転する車で五分ほどの選挙事務所へ。
すでに大勢の支援者が詰め掛けていた。注目されている選挙区とあり、大勢のマスコミも駆け付けていた。
その中心には、一樹さんと一樹さんのお母さん。彼のお父さんは入院中らしい。
「早織さん」
お母さんに呼ばれ、一瞬誰かと思っていたら、「ナオさん、貴方の事です」橘内さんに背中を押され、慌てて一樹さんの隣に立った。
出陣式を終えると、一樹さんは選挙カーに乗り込み、第一声を上げる駅前広場へと向かっていった。お母さんが事務所の留守役に回り、僕は橘内さんと支援者に挨拶回りへ。
バタバタと一日、目が回るくらい忙しくて、気が付いたら、夜になっていた。いつの間にか、寝ていたみたい。眼を擦りながら、車窓に目を遣ると、ファミレスの駐車場だった。
「ご飯、食べましょう」
橘内さんがドアを開けてくれて、後ろに付いていった。店に入ると、一番奥の座席に案内された。
「一樹さん」
てっきり、まだ、遊説中と思っていた彼がいて驚いた。隣に座るよう言われて、腰を下ろすと、すぐに手を握られ、腰を抱き寄せられた。
「か、一樹さん、ちょっと」
「その格好している間は俺の妻だろ?」
悪びれる素振りを見せず、不敵な笑みを浮かべる彼に、抵抗すら出来ない。
「このまま、俺のになる?」
冗談かと思ったけど、見上げた彼の顔は、真剣そのもので。
「あの佳名さんが誉めてた。色んな意味で、年の割りにはしっかりしてるって。佳名さんって、母親、父の後妻ね」
先に注文してあったビーフシチューと、ハンーバー グがテーブルに運ばれてきた。美味しそうな匂いが鼻を擽る。
考えてみたら、お昼抜きで、ぐぐ~ぅと、派手にお腹が鳴った。恥ずかしくて、俯くと、一樹さんが声を立てて笑いだし、呆れたように僕達を見ていた橘内さんまで笑い始めた。
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