鏡家の当主

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「何か、また、緊張してきた」 そわそわと、落ち着かない。 終点の駅に間もなく到着する。 車窓からは、高層ビル群や、密集する建物、多くの人々が行き交う華やいだ街の光景が、キラキラ輝いて見えた。 「大丈夫」 一樹さんが手をしっかりと握ってくれた。 ホームでは、鏡礼さんが、待っている。 『挨拶だけは、しっかりと‼』 何度も、橘内さんに言われた。 一樹さんのお父さんの時は失敗したけど、今度こそ、ちゃんとしないと。 そうこうするうち、ゆっくりと、ホームへと滑り込んでいく、流線形の車体。 停車してから、扉が開いて、一樹さん、流石に手を離すだろうと思ったけど、しっかりと手を繋いだまま、外に出た。 「あの、一樹さん!」 「別に恥ずかしい事をしている訳じゃない。堂々としてればいいよ」 それは、そうなんだけど。 忙しく行き交う大勢の人々。他人に無関心なのか、誰一人として、気に止める人はなく。 一樹さんの背中を見上げつつ、ちっちゃくなって付いていった。 「一樹さん」 人混みの中から現れたのは、一樹さんと同じぐらい、身長の高い男性。冷悧なその眼差しで僕を見下ろすも、表情を全く変えない。 「あ、あの、皆木ナオです。宜しくお願いします」 まずは、ちゃんと挨拶しないと。 「迎えの車、待たせてありますから」 くすっと、鼻で笑われた気がした。 僕の存在は、完全に、スルーされてる。 人の波をすり抜け、駅の外に出ると、黒のセダンと、タクシーが一台、縦列で路肩に停車してあった。 「そこの小さい人はタクシーで」 低く、冷めた声で、指示された。 「礼さん!ナオは、俺の大事な恋人。同等に扱って貰いたい」 一樹さんが、鏡さんに食って掛かろうとしたけど、橘内さんが止めた。 「ナオさんと、先に行きます」 服を引っ張られ、後部座席に押し込まれ、彼も、隣に乗り込んできた。 橘内さんがいるんだ。変なところに連れていかれる事はまずないだろうけど・・・。 急に不安になり、一樹さんの方を何度も見た。 ーーえっ⁉ 走り出すタクシーの窓から見えたのは、彼に、頬を擦り寄せる鏡さんの姿。ここから見ると、キスしているかのよう。 鏡さんは、満面の笑みを浮かべ、まるで、僕に見せびらかすように、妖しく微笑んでいた。 僕には、表情一つ変えないのに。 「ナオさん」 橘内さんが、肩をポンポンと軽く叩いて、 「鏡は、帰国子女なんです。二十過ぎるまで海外を転々としていたんです。あれは、挨拶なので、あまり、気にしないように」 そう励ましてくれた。 でも、僕は、嫌だ。 彼に、近付いて欲しくない。 何もできない自分が、情けなくて、悔しくてーー
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