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その瞬間、久子は腹が張り体から流れ出るものを感じた。それはゆっくり久子の太ももを伝い、くるぶしを越えて白い地面を僅かに赤く染めた。
「久ちゃん!」
鈴子が慌てて駆けてくる。おしるしだ。羊水も出ているようだ。
その場の女達も慌てだした。
お湯を沸かせ、布団を引け、産婆を呼んでこい……
産まれる。
ひとつの命がこの世から消えて、ひとつの命がこの世に出てくる。
この手からこぼれ落ち、またこの手に戻ってくる引き継がれていく愛しい者達。
久子はその場に崩れ落ちた。
膝に固い根雪が当たる。
痛いのは膝、流すのは涙。
熱いのは左肩の火傷の痕、否、男の名。
手に握りしめた離婚届が雪で濡れていく。
インクで書かれた夫と自分の名前がじわりと滲む。
「あんた、もうすぐ産まれるよ。」
あんたがあんなに待っていた私達の子が。
久子は両手で自分の腹を抱きしめた。
完
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