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5年前のあの日は二人目の子供の九つ参りだった。親戚も集まっての昼会食も滞りなく進み、久子は一息ついていた。
普段より濃いめの化粧に顔がむず痒くて堪らない。親戚連中も帰ったことだし、そろそろ化粧を落とそうと立ち上がった時だった。
久子の母方の叔父から大至急手伝いに来て欲しいと使いが来た。またか、と久子は苦笑した。叔父は花街で小料理屋を営んでいて、人手が足りない時は久子に助っ人を頼んでいた。
夫に子供達を預けて五キロの道のりを歩き、店に着いた途端に控えの間に連れこまれた。
『久ちゃんに頼みがあるんだ。』
困り顔の叔父が言うには、二時間ほど前からヤクザ者が店に上がっているという。しかも呼んだ芸者が気に入らずさっさと追い返すと、違うのを呼べと騒いだらしい。
だが困ったことに芸者の手当はつかず、苦肉の策として久子を呼んだ、とのことだった。
あまりのことに開いた口が塞がらなかったが、日頃世話になっている叔父のために一肌脱ごうと、久子は腹を決めて座敷に上がった。
『お前、この辺りでは見ない顔だな。』
『はい、芸者ではありません、ここの仲居です。まあおひとつ。』
目も上げないまま銚子を手に取り客に近づいた。
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