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『お前、震えているのか?』
『不慣れですみません。』
酒をつぐ手が震えたのは素人だからではなく、ただヤクザ者が恐かったからだ。
『顔をあげな。』
言われて恐々と顔を上げた久子は、客の顔に釘付けになった。
ヤクザ者の客は、その辺の田舎役者よりも遙かに男前でしかも優しげな目をしていた。
久子は生まれて初めて、胸がときめくというものを経験した。
客の方も艶やかな久子がいたく気に入ったようで、随分酒が進んだ。普段飲まない久子も、進められるままに盃を重ね、気が付けばすっかり酔いが回っていた。
……
「久子ネエは他人の男のもんだったのかい。」
「そうよ。その後、酔っ払ったあの人が俺の嫁になれって座敷で大暴れして、駆けつけた店のものに殴りかかってね。挙げ句の果てに憲兵に引っぱってかれたのさ。」
「で?その後どうなったんだい?」
「夫は物凄い剣幕で二度と私を店には出さないと叔父に言ったわ。私もヤクザのあれが仕返ししてこないかと恐しくてね、ずっと家の中にに引きこもっていたんだけど……誰に聞いたのか、ある日家の前の柿の木の下にあの人が立っていて……」
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