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洋二が顎をさすりながら久子に問うた。
「逃げたわ。半年ほどした頃に。我慢の限界だった。でもすぐに捕まってしまった。アレは自分の弟分達も使って親戚やら友達やらしらみつぶしに探し回ったのさ。アレに結髪引き摺られてさ、家に連れ戻されて折檻されるのかと思ったら……」
「思ったら?」
久子は大きなため息をついた。
「これを入れられた。」
久子が左の袖をくいっと捲り上げるとそこには白く焼けただれを起こした痕があり、さらにその下は青黒い染みが点々と残っていた。青黒い痕はどうやら刺青のようだった。
「それってアニキに入ってるアレと……」
「そうさ、あの人の腕には私の名前が入っている。私のこれは辰の字。悔しくて入れられたその日に火箸を当てたわ。」
その後、久子は辰の子供を身籠もった。
辰は初めての自分の子供に喜び、嫌がる久子を役場まで引きずっていき半ば強引に入籍をした。
久子が判を押すのを躊躇っていると辰は神妙な面持ちで告げた。
子供を片親には出来ない、と。
「ま、あんときの子は流れてしまったけどね。」
「だけど今はその子がいる。」
洋二の指さす先には久子の膨らんだ腹がある。
久子は火鉢に当てていた手をそっと腹に当てた。
じんわりと腹に熱が伝わる。
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