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「ヤツからの預かりもんだ。金と離婚届が入っている。心ばかりだが香典も足しといた。
ああ、だけども離婚届は……もう要らねえなあ。」
正三親分が封筒の中から、小さく折りたたまれた紙を引き抜き、そのまま手の中でくしゃりとやった。
それを見た久子は、慌ててその手から紙を取り返した。親分が不審げな顔をした。
「まだ……間違いって事もありますから。」
土間に目をやりながらしどろもどろに言い繕う久子を見やった親分は、くしゃりと笑った。
「そうだな。」
親分が出ていった後、手の中に残った紙を広げた。
そこに辰の署名があった。ミミズの這ったような字の所々が滲んでいる。
それを見て久子の口元が綻んだ。
バカね、大事な書類に酒でも零したの?
紙にパタリと水滴が落ちる。滲んだ文字の上に重なるように。
突き動かされるように久子は立ち上がった。
紙を掴んだまま下駄を引っ掛け勢いよく外に飛び出す。
外は雪。
久子は空を見上げた。
雲に被われた真っ白の空から、黒い影を作りながら牡丹雪が絶え間なく落ちてくる。
久子は両手を大きく天に突き上げた。
握りしめた紙に雪が張り付いていく。
「万歳!バンザーイ!」
長屋の住人が何事かと出てくる。
「久ちゃん、どうしたのさ?」
鈴子が久子の名を呼ぶ。
久子は構わず叫んだ。
「万歳!バンザーイ!」
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